大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(ツ)7号 判決 1969年8月07日

上告人 高田和男

被上告人 新保武志

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

上告代理人鹿野琢見の上告理由について。

第一審豊島簡易裁判所は、(1) 香川貞雄が君塚多喜子を相手取りその所有の土地(第一の土地と称する)についてなされている君塚への所有権移転登記の抹消を請求する同庁昭和三五年(ハ)第四六七号事件(訴状記載の訴訟物価損金二万一〇〇円)、(2) 新保千代江が右君塚を相手取りその所有の土地(第二の土地と称す)についてなされている君塚への所有権移転登記の抹消を訴求する同庁同年(ハ)第四六八号事件(訴状記載の訴訟物価額金八二八円)、(3) 被上告人が右君塚を相手取りその所有の土地(第三の土地と称す)についてなされている君塚への所有権移転登記の抹消を訴求する同庁同年(ハ)第四六九号事件(訴状記載の訴訟物価額金八二八円)、(4) 右香川貞雄、新保千代江及び被上告人の三名が共同原告となつて上告人を相手取り前記第一ないし第三の各土地についてなされている前記君塚から上告人への所有権移転登記の抹消を各訴求する同庁昭和三六年(ハ)第四一一号事件(訴状記載の訴訟物価額は第一の土地のそれは金三万四一九六円、第二の土地のそれは金九九四円、第三の土地のそれは金三万四一九六円以上合計金六万九三八六円とされている)、以上の事件を併合審理の上、一個の判決書をもつて被上告人らの原告三名全部勝訴の本件第一審判決をなし、同判決は上告人の第一審訴訟代理人鹿野弁護士に昭和四一年四月一一日送達された(右併合事件における原告たる被上告人らの主張はいずれも、前記各土地につき君塚に所有権を移転した事実はなく、従つて上告人にその所有権が移転する筈もないというにあり、これに対する君塚の主張は、右各土地は同人の香川貞雄夫妻に対する貸金のための譲渡担保として被上告人らの代理人白土あさから一括譲渡を受けたものであつて、仮りに白土あさに代理権がなかつたとしても表見代理が成立するというにあり、また上告人の主張は、右君塚の主張を援用し、かつ、上告人は君塚から代物弁済により各土地の所有権を取得したというにあつたが、第一審判決は、白土あさに被上告人らの代理権があつたとは認められないし、表見代理の成立も認められないとしたものである)。ところで、上告人の原審訴訟代理人鹿野弁護士が昭和四一年四月二五日原審に提出した本件控訴状には、被控訴人として、香川貞雄、新保千代江の氏名のみ記載されていて、被上告人の氏名の記載はないが、右控訴状におけるその他の記載を見るに、訴訟物の価額を被上告人所有の第三の土地についての訴を含む前記(4) の事件の訴状に訴訟物価額として記載された金六万九三八六円であるとし、これに相当する印紙を貼用してある上、前記(1) ないし(4) の事件について言渡された左記判決は全部不服であるので控訴を提起する旨記載され、そのいう左記に当る「原判決の表示」として、第三の土地に対する上告人への所有権移転登記につき被上告人のため抹消登記手続をなすべき旨命ずる部分を含む本件第一審判決の主文全部を摘記してあり、そして、同控訴状の附属書類とされる昭和四一年四月二五日付の上告人の鹿野弁護士に対する委任状には、委任事項として「控訴人高田和男、被控訴人香川貞雄外二名間の東京地方裁判所民事部に対する所有権移転登記抹消手続請求控訴事件に関する一切の事」と記載されている。なお、鹿野弁護士は昭和四一年七月六日原審に対し上申書を提出し、控訴状に被控訴人として被上告人の氏名の記載を脱漏したから、追加訂正する旨申立てている。以上の事実は本件記録上明らかである。

右の諸事実によれば、本件控訴状に被控訴人として被上告人の氏名の記載がないことの一事をもつて直ちに本件控訴状においては特に被上告人に対する控訴が除外されているものであると見るのは如何にも不合理であつて、却つて、前記のような本件控訴状の記載全体の趣旨からすれば、右控訴状は被上告人に対しても控訴を提起している控訴状であつて、ただ、被控訴人の表示において被上告人の氏名の記載を遺脱した誤記があるにすぎないものと認めるのが相当である。しかりとすれば、右控訴状が前記のように法定期間内に提出されたものである以上、被上告人に対する控訴は右控訴状が原審に提出された時において適法に成立しているものというべく、従つて、鹿野弁護士がその後提出した前記上申書は、単に、右控訴状中の被控訴人の記載における誤記を訂正する意味のものにすぎず、これをもつて新らたな控訴の提起と解すべきものではない。

しかるに原審は、右当審判断と異なり、本件控訴状によつては被上告人に対する控訴の提起がなされたということはできないとし、これを前提とした上で、被上告人に対する関係では前記上申書を控訴状として取扱うべきであるとし、よつて法定期間経過の理由をもつて、実体審理をなさずに、控訴却下の判決をしているのであるから、その措置は違法であつて、論旨は結局理由があり、この点で既に原判決は破棄を免れない。

よつて、民訴法四〇七条により主文のとおり判決する。

(裁判官 岸上康夫 田中永司 平田孝)

(別紙)

上告代理人鹿野琢見の上告理由

第一点原判決は判決に影響を及ぼすこと明かな手続上法令の違背がある。

原判決によれば「『上申書』は、次の理由により高田和男の新保武志に対する関係での控訴状とみるべきである。」とし、「原告香川貞雄、同新保千代江、同新保武志の三名の各請求がいわゆる必要的共同訴訟の関係に立つものでないことは記録上明らかである。したがつて、高田和男訴訟代理人の提出した前記昭和四一年四月二五日付控訴状によつては、香川貞雄及び新保千代江の両名に対する控訴が提起されたとみること以外に、新保武志に対する控訴の提起がなされたとか、同人に対し適法に控訴の効力が及んでいるということはできない。」とする。

しかし、経緯は、高田和男訴訟代理人において、東京地方裁判所民事部書記官から明白な冒頭新保武志の氏名丈の脱漏であることを指摘され、「上申書」を提出するよう勧告され、その勧告に応じ上申書を提出し、審理は進められたのである。然るに後日裁判官において「上申書を新保武志に対する関係での控訴状とみるべきである。」とし、新たに昭和四一年(レ)第三七六号控訴事件として立件せしめるに至つたものと思料される。

思うに控訴の受理は、裁判所書記官の専権と解され、裁判官の任務ではない。そして本件の場合昭和四一年四月二五日高田和男は控訴状を香川貞雄、新保千代江、新保武志三名につき提出し、裁判所の意思として裁判所書記官において明白な誤謬を認め上申書による補正を許したのである。

更に控訴提起(及び上申書)直後当時の裁判長はこれを適式と認め、被控訴代理人古長設志弁護士に対し新保武志にかかる代理人を提出するよう勧告をしているものである。

それ故何れからするも右手続経緯による昭和四一年四月二五日付控訴手続は新保武志に関しても適式に完了していると解するのが相当である。これを後日他の裁判官において前の態度をひるがえし、擅ままに上申書のみをもつて控訴状とみるとすることは到底許されず、手続違背は免れず、取消されるべきである。

第二点原判決は憲法三二条に違反する。

一、原判決によれば「原告香川貞雄、同新保千代江、同新保武志の三名の各請求がいわゆる必要的共同訴訟の関係に立つものでないことは記録上明らかである。したがつて昭和四一年四月二五日付控訴状によつては、香川貞雄及び新保千代江の両名に対する控訴が提起されたとみること以外に、新保武志に対する控訴が提起されたとか、同人に対し適法に控訴の効力が及んでいるということはできない。」とする。しかし、これは驚くべき独善的判断である。香川及び新保千代江以外には果して認められないのであろうか。上告人の主張はあく迄、「必要的共同訴訟」か否かは、さておき、昭和四一年四月二五日付控訴状が新保武志にかかる控訴を求めていると解するとして来ているのである。

即ち、控訴状冒頭部分に、右被控訴人新保武志の氏名を表示していなかつたが、控訴状全体の趣旨からは新保武志に対しても控訴していることが明白に認められる。控訴状冒頭の文言には、「左記判決は全部不服なのでここに控訴を提起する。」とあり、不服の「左記判決」の表示には、

(6)  被告高田和男は、原告新保武志に対し、第(3) 項記載の土地について、同被告がなした前橋地方法務局長野原出張所昭和三五年五月六日受付第二六三号所有権移転登記の抹消登記手続をなせ。」

「訴訟費用の内、原告等と被告高田和男との間に要した部分は同被告の負担とする。」(原告等の中には新保武志を含むことは明か)

と掲げている。

なお、控訴の趣旨は、

原判決を取消す。

とし、全部の取消を求めているのであつて、決してその一部ではないことも明かである。

加えて訴訟物も右新保武志が請求した物件たる吾妻郡長野原町大字応桑字新鎌一、九八七番五四八原野三畝一三歩の土地も包含していることは訴訟物の価額貼用印紙からも明白に認められるところである。

顧みるに、冒頭「被控訴人新保千代江」の表示の次に「同新保武志」の表示がなかつた丈であるが、これは控訴状全体の趣旨から当然推知し得るところである。

二、憲法三二条によれば「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」とされ、これは貴重も基本的人権の一であるに鑑み、できる丈裁判を受けるべく申立をする者をしてひろく救済し、 も三百代言的揚げ足とり的方法により片々の形式的不備をもつてその権利を奪うようなことがあつてはならない趣旨である。

しかるに原判決は正に右の批難にあたるものであり、かつ独断的いやがらせ的に上告人の控訴権を侵害し、却下するに至つている。

かかる裁判は前記憲法三二条に違反すること明白である。

第三点原判決は憲法二九条に違反する。

右第二点一、二記載の事実はひいては上告人の財産権を侵害したことになり憲法二九条に違反する。

第四点原判決は民訴法三九五条一項六号にあたる。

一、原判決は、前述のように昭和四一年四月二五日付控訴状が控訴として認容されるべきであるとの上告人の主張(昭和四一年一二月一二日付準備書面参照)に対し何等の応答なく、唯一方的に「『上申書』を控訴状とみるべきである、」として判断するに至つている。

之は裁判に理由を附せず、又理由にそごがあることにあたるので、上告審において取消されるべきこと明白である。

二、又「必要的共同訴訟の関係に立つものでないヽヽヽヽヽしたがつて昭和四一年四月二五日付控訴状によつては、香川貞雄及び新保千代江の両名に対する控訴が提起されたとみること以外に新保武志に対する控訴の提起がなされたとか、同人に対し適法に控訴の効力が及んでいるということはできない。」とするが「必要的共同訴訟」とはいかなる概念に立つか必ずしも判然とせず、又必ずしも確定された概念ではないから、かかる前提による論断は独断的な推論であり、理由不備を免れず、結局この点から必要充分な理由を附したとすることはできないといわなければならない。

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